主な整流回路3種類を紹介したいと思います。
(1) ブリッジ整流回路
両波整流回路の一種です。
EL84ppアンプのB電源整流回路をシミュレーションしました。
電源トランスは、フェニックスのRA150タイプです。
負荷電流は100mAとしています。
シミュレーション回路
起動時の出力電圧(赤)とトランス二次側電流(青)
安定時の出力リップル電圧(赤)とコンデンサ電流(青)
まずダイオードに流れるピーク電流を把握し、「尖頭順サージ電流」の絶対最大定格がピーク電流を上回っている事を確認します。起動時、トランスに流れる電流(=ダイオードに流れる電流)のピーク値は7.5Aに達しています。整流電圧が安定すると0.6Aに減少しますから、起動時の電流は定常時の10倍を超える大きな値になっている事がわかります。
ブリッジ整流回路では、ダイオードのアノード/カソード間に印加されるピーク電圧がトランス定格電圧の1.4倍になります。「尖頭逆方向電圧」の絶対最大定格は、商用電源の電圧変動やアンプ内の負荷変動を考慮して、トランス定格電圧の2倍以上欲しいところです。
出力電圧が安定した後の電流は、ピーク値0.6A、実効値0.2Arms弱になりました。DCの負荷を0.1Aとっていますから、トランスにはDC値の倍の電流が流れていることになります。ブリッジ整流のDC電流はトランスAC定格電流の60%程度取れると一般に言われていますが、シミュレーションでは約50%という結果になりました。この割合はトランスの巻線仕様で変わってきますから、実際に確認されるのがよいと思います。
ダイオードに流れる電流と「順方向電圧」をもとに熱計算を行い、ジャンクション温度に対してマージンがあるか確認します。ヒータ電源以外では流れる電流が数百mA以下なので、よほど小型のダイオードを使わない限り電力損失による発熱が問題になる事はないと思います。
さらに、コンデンサの「定格リップル電流」に対してマージンがあるかどうかも確認します。コンデンサに流れる電流ははダイオード側から流れ込む電流と負荷側に流れ出す電流の和になります。上図の場合、コンデンサに流れる電流の実効値は190mAでした。コンデンサに電流が流れると内部の抵抗分によって電力損失が発生し発熱します。電解コンデンサは寿命品で、電流による自己発熱と周囲温度が影響します。家庭で使う限り24時間通電しっぱなしということはないでしょうが、高温の真空管近くに置かれたりもしますから自己発熱はできるだけ少ない方がよいと思います。
リップル電圧は3.3Vppもあり、このままではハム音に悩まされる事になると思います。後段に何らかのフィルター回路、もしくは安定化回路が必要です。
(2) 半波整流回路
ACサイクルの半分しか使わないので効率の悪い整流方式です。
真空管アンプ用の電源トランスでは、C電源巻線とB電源巻線とが共通のコモン端子で構成されている事が多く、C電源の整流回路でよく使われています。
(1)のトランスで半坡整流回路をシミュレーションしてみました。
シミュレーション回路
起動時の出力電圧(赤)とトランス二次側電流(青)
安定時の出力リップル電圧(赤)とコンデンサ電流(青)
起動時に流れる電流のピーク値はブリッジ整流回路と同じですが、ACの半部しか使っていないので出力電圧の立ち上がりが遅くなっています。
リップル電圧は7.2Vp-pと大きな値となりました。整流用のコンデンサ容量を220μFから470μFに増やした時の結果が下図になります。リップル電圧は3.1Vp-pに減少しました。このことから、半波整流回路のリップル電圧を両波整流回路と同じにするには、整流用コンデンサの値を倍にすればよい事が分かります。
(3) 両波整流回路
一般的なB電源回路では、ダイオード2本を使ってプラス電圧を得る回路構成になります。ダイオードを4本使ったブリッジ構成にすると、コモン端子に対して正負の整流電圧を得る事ができます。コモン端子を出力として用いなければ、KT88ULアンプで使った倍電圧整流回路になります。
KT88ULアンプに使用したB電源用の倍電圧整流回路をシミュレーションしました。
電源トランスは、フェニックスのRA400タイプです。
負荷電流は100mAとしています。
シミュレーション回路
起動時の出力電圧(赤)とトランス二次側電流(青)
安定時の出力リップル電圧(赤)とコンデンサ電流(青)
起動時のピーク電流は19Aです。実際に使用したダイオードはロームのSCS105KGで「尖頭順サージ電流」の絶対最大定格は60Hz半波で21A、ギリギリですね。
両波整流回路では、ダイオードに印加される電圧はトランスの定格電圧の約2.8倍になります。「尖頭逆方向電圧」の絶対最大定格はトランス定格電圧の3倍以上欲しいところです。
使ったトランスの定格電圧は185Vなので、ダイオードの両端には523Vがかかるはずです。シミュレーションでは、ダイオードの両端に540Vかかるという結果になっています。SCS105KGの「尖頭逆方向電圧」は1200Vなので十分な値です。
リップル電圧は2Vp-pとなりました。
下の写真はKT88ULアンプに使用した倍電圧整流基板です。
整流回路に使われるダイオードとコンデンサについて復習です。
◯ダイオード
・逆方向回復時間
ノイズの発生量に(音質にも?)関係します
ショットキー等の高速タイプを使った方がよいです
・尖頭逆方向電圧
整流方式によって必要な耐圧が違ってきます
・尖頭順サージ電流
起動時にはチャージゼロのコンデンサとトランスがダイオードでショートされ
大きな電流が流れます
・順方向電圧
電力損失を計算するときに必要です
◯コンデンサ
・定格電圧
一次側の電圧変動やチョークコイルを使ったときの電圧振動も考慮します
瞬時最大印加電圧が規定されている製品もあります
・定格リップル電流
コンデンサの充放電電流の規格ですが、寿命に大きく影響します
近年、SiC(炭化ケイ素)やGaN(窒化ガリウム)を応用したショットキーダイオードが製品化されるようになりました。これらのダイオードは高速でリカバリー時間が短いため、低損失でスイッチングノイズの小さな回路が実現できます。さらに、耐熱温度も高いので熱設計が楽になり筐体を小型化できる可能性があります。
オーディオ関係でも使用例が増えてきましたが、多くは現代社会で活躍する産業用機器(スイッチング電源やインバータ)で使われています。スイッチング電源やインバータ器機は目的の電圧や電流を得るためにPWM制御が行われており、そのため電流や電圧が高速でスイッチング(ON/OFF)しています。電流が流れるルートに入るダイオードは、機器の性能とりわけノイズ量や電力損失に大きく影響してくる重要な部品の一つです。
参考文献:
戸川治郎、実用電源回路設計ハンドブック、CQ出版、p.14−27